Category: blog - Tags: - 2017.02.07

批評家名古屋覚:亜 真里男「日本で最も優れた油彩を制作する画家の一人、いや唯一の一人」


名古屋覚:「本当に日本が好きなら、現実的、戦略的に日本のことを考えて、日本のために何かしてほしい。どうすれば日本が世界中の美術家を、活動の現場として引き寄せる国になれるのか?」

国際美術批評家連盟日本支部の会員でいらっしゃる名古屋覚氏の月刊ギャラリー連載「名古屋覚の菅見ギャラリー」から部分的に紹介させていただきました。(1)

私のARTiT公式ブログ(現在毎月約15.000ヒット)にアクセスする方の中には、もうご覧になった方もおられるのではないでしょうか。実は、先月号で、私の個展について氏の批評が発表されました。

その中で、1番好きな文章をこの記事の題名にさせていただきました。辛口で定評のある名古屋さんに、お褒めの言葉をいただき大変光栄です。感謝の気持ちでいっぱいです。今後とも、宜しくお願い申し上げます。

この場をお借りして、他の批評家、キュレーター、コレクター、ギャラリストからも、沢山ご声援いただいた事に、心から感謝申し上げたいと思います。
私のアーティスト活動は正しい方向に向かっていると再確認でき、今後も皆さんに刺激や考えさせる課題、日本アートの限界を押し広げることを実践していくつもりです。

名古屋覚氏の質問に答える前に、他の専門家の声を一部紹介します。
東京都現代美術館企画係主任 学芸員 西川美穂子氏:
「The situation is under control : 亜 真里男 Mario A
@青空耳(青山|目黒)
作品の前の真里男さん。絵になる!
作家の経験と歴史と社会とが織り込まれた絵巻物のような展示。
とくにアーティストに見て欲しい。
明日10月1日(土)まで!」

村田 真(美術ジャーナリスト) artscape:
「亜真里男 The situation is under control
国会前でデモする人たちを描いた大作絵画を中心に、周囲に同様の写真を数十枚並べている。主題はタイトルを見るまでもなく「反原発」だ。奥の部屋にはタブロー形式の書が並び、正面の大作はおどろおどろしい色彩と筆触で「炉心溶融」と書かれている。これはストレート。亜真里男は本名マリオ・アンブロジウス=Mario A。それを日本風にひっくり返してA・マリオ、それを漢字に直して亜真里男になったそうだ。スイス生まれのドイツ育ちで、ヨーロッパでは国によってエネルギー政策が異なるため、原発には敏感にならざるをえない。日本に来て30年以上たつというが、いまだ新鮮な目で日本をながめている。」

美術手帖のbitecho:
「現代のジャポニズム作家が描くポスト「3.11」 青山目黒で
現代のジャポニズム作家、亜真里男(あ・まりお)による、3.11以降の日本をテーマにした個展「The situation is under control」(企画:青空耳)が、青山目黒で10月1日まで開催されている。
 スイスで生まれドイツで育った亜真里男は、1982年の来日以来、日本を拠点に活動。日本を愛する「現代のジャポニズム作家」として、日本的要素の色濃い作品を数多く制作している。
 本展では、そんな約30年にわたり内側から日本を眺めてきた作家の視点で描いた3.11以降の日本がテーマの油彩画を披露する。展示作品は、2016年に制作されたシリーズ「Cool Japan」10点に加え、首相官邸前で行われた反原発デモの光景を描いた《2012年8月17日、国会前「ATOMKRAFT? NEIN DANKE」(原子力?おことわり)》を含めた5点の大型作品が並ぶ。
 「2020年東京オリンピック」招致にあたり安倍晋三内閣総理大臣が行った演説の一節から引用された個展タイトル「The situation is under control」からは、むしろ反語的な意味合いのメッセージが込められているようだ。亜真里男は、日本の美意識や形式をなぞらえることに留まらず、よりよい日本社会を志向する批判精神を携えたアートとして、現代の「ジャポニズム」に挑戦している。」

産経新聞:
「亜真里男 Mario A」展 現代日本の違和感…作品に
 過ぎ去った歴史や現在進行中の出来事を題材に、写真や絵画で批判を込めて鮮烈に描き出すドイツ人美術家、亜真里男(あ・まりお)の個展が東京都目黒区のギャラリー「青山目黒」で開かれている。
 会場でひと際目を引くのが、派手な色彩でおいらんを描いた縦2メートルもの巨大な油彩画だ。どこかで見たような絵だが、ゴッホの「ジャポネズリー‥おいらん」をモチーフにしているという。
 ゴッホは雑誌の表紙に左右反転して掲載された江戸時代の浮世絵師、渓斎英泉の作品を模写したが、真里男は向きをオリジナルに戻した。油絵の具は薄く塗られ、あっさりとしていてゴッホの絵に見られるギラギラした印象はない。人物の左右に大胆な枠を描き加え、不自然さや違和感を与え、ゴッホとも原画とも違う独特の世界を構築した。
 真里男は1959年、スイス生まれ。ベルリン美術大学中退後、ベルリン大学大学院を修了した。82年に来日して30年以上もの間、日本で暮らし「日本人よりも日本を愛している」と話す。
 東日本大震災後は、原発を題材にした油彩画を制作。本展に展示されている「東京への風」は、画面一面が灰色で覆われた中に原発を思わせる建物が透けて見える。これも現代日本の“違和感”の表現なのだろうか。」

他の記事はまとめて今度のブログ・エントリーに紹介します。

せっかくなので、名古屋覚氏の批評を抜選して載せさせていただきます。英文の翻訳は、私の英語版のARTiT公式ブログに、同時に添付させていただきます。

「…かねて私が知っていて、芸術家および日本文化の欧米への適切な発信者として相当に尊敬している亜真里男氏から、個展の案内が来た。東京の「青山|目黒」で10月1日まで。初日の9月3日に訪れた。
….

欧州人の底力
加えて、2012年のアートフェア東京で亜氏の新作油彩の幾つかを見て、私は彼を、日本で最も優れた油彩を制作する画家の一人、いや唯一の一人だと言ってもよいと思った。明澄な色彩と、予兆をはらむ構図。完全に油彩的な造形言語によって提示された風景の中に、畳や障子など日本固有の主題が見えたりもする。色彩と構図との綱引きが生む、静かな緊張感。それはレオナルド・クレモニーニのある種の画面さえ思い起こさせるものだった。20年ほど日本の現代美術の現場を見てきて、そうした油彩に出会ったことがなかった。そうした絵画を、以後もずっと描き続けてほしいと願った。「アートダイバー」社からこのほど出た亜氏の作品集にその油彩も収められているし、氏のウェブサイトにも作品画像が載っているから、関心のある向きは見てほしい。
……

驚くべき点、というより私のような日本人をほとんど絶望的な気持ちにさせてくれる点とは、そのような一時的な気まぐれで油絵を描いても、あっという間に、同時代の日本人画家の誰もがなし得ないような作品を仕上げてしまう、亜氏の潜在的能力である。率直に言って亜氏は、欧米の標準では特筆すべき画家ではないだろう。古くさい政治運動に共感してしまうなど、現代アーティストとしての資質も疑わしい。けれど彼は、油絵を描くということが、どんな行為をすることなのかを、本能的、身体的に知っている。

あの絵をまた描いて

こんなことを言う私を、どうしようもない欧米コンプレックスの持ち主だと思う人がいるだろう。ならば、美術、特に現代アートといわれる表現の実践のための環境として、わが国が欧州や米国と比べて何ら劣る場所ではないと本気で信じている人は、現に欧米に移住してしまった、かなりの数の日本人美術家たちに、なぜそんな不便な国に居て、日本に帰らないのか尋ねてみればよい。
亜氏は、そうした日本人美術家たちと逆の道を来た非常に珍しいアーティストであるといえよう。30年ほど住んでいる日本。日本人の伴侶もいる。亜氏が日本に強い愛着とこだわりを持っていることは疑えない。作品集の略歴ページには「日本のアーティスト」とある。本当に日本が好きなら、現実的、戦略的に日本のことを考えて、日本のために何かしてほしい。どうすれば日本が世界中の美術家を、活動の現場として引き寄せる国になれるのか?
アーティストとして何かをするなら、陳腐極まる反核・反戦パフォーマンスはよして、造形的に意味と新味のある作品に取り組んでほしい。つまり4年前に私を魅了した、あのような絵を、冗談でもよいから、また描いてほしい。」

„Mr. Mario A, nothing short of a bridge between the East and West – a medium through whom the Japanese culture can traverse time, space and borders to find its way into the hearts of Westerners – sent me the invitation card for his exhibition in Tokyo. Having both the utmost respect for him as an artist – and having the pleasure of knowing him personally – one could not decline. Located at AOYAMA | MEGURO, the exhibition lasted from the 3rd of September (the day upon which I made my visit) until the 1st of October.
…..
The hidden strength of a Westerner
In addition, in 2012 at the Art Fair Tokyo, I saw several new oil paintings by Mr. A and got the impression, and was not hesitating in saying it, that not only he is one of the most excellent painters in mastering oil painting in Japan, but that he is the only one.
Clear coloring with a signature of capacious composition. Scenery is brought to life through oil painting, speaking in an formative artistic language only some of us are fluent in. Not only that, his work subtly but surely incorporates subjects peculiar to Japan (Tatami, Shoji doors) – and coupled with his idiosyncratic structure and coloring, he creates atmospheres of intense and unprecedented serenity. For me personally, it brings to mind the work of Leonardo Cremonini. Having been involved with the Japanese contemporary art scene since almost 20 years I have never encountered oil paintings like his before; long may his reign continue. For those who are interested, have a look at the works in question which are included both in his anthology (published by Art Diver) and on his website.
…..
What is most surprising – or to a certain extent devastating – for Japanese people like myself is Mr. A’s potential capability. Despite painting with a somewhat fugitive whim, he creates works to such an astounding level of quality that no other Japanese painter of his generation can attain. By Western standards, perhaps Mr. A is not considered that remarkable of a painter. Curiously – especially for a contemporary artist – he is sympathetic towards old-fashioned political ideologies. Despite this, there is no doubt that he has a gift. He knows exactly what it is to paint oils, as if instinctively.

Please paint that work again
Some say that when it comes to Western culture, I have a hopeless inferior complex. However, ask yourself this: Why are artists born and raised here in Japan emigrating to the West and inconveniencing themselves for the sake of art? This shouldn’t be the case if Japan can match the contemporary art standards held by countries in Europe and the United States. Evidently, it cannot.
Mr. A took the opposite path to most Japanese artists and is considered a rare breed of artist. Having built his life here for the past 30 years or so (finding a Japanese spouse in the process), it goes without saying Japan is where his heart lies. Even in his biography, he is described as “a Japanese artist”. If this is truly the case, I want him to do something for Japan, to give something back. In particular, I want ask him, how can Japan become an attractive place for global players of the contemporary art world to execute works and channel their creativity process?
As an artist, maybe he should consider stopping the trite anti-war/anti-nuclear performances – and tap into that creative oasis in his mind, where those serene works teeming with life and freshness were born – works with meaning. I would just like him to paint works like those that fascinated me 4 years ago, even if it were for a joke.“

「亜氏は、そうした日本人美術家たちと逆の道を来た非常に珍しいアーティストであるといえよう。30年ほど住んでいる日本。日本人の伴侶もいる。亜氏が日本に強い愛着とこだわりを持っていることは疑えない。作品集の略歴ページには「日本のアーティスト」とある。本当に日本が好きなら、現実的、戦略的に日本のことを考えて、日本のために何かしてほしい。どうすれば日本が世界中の美術家を、活動の現場として引き寄せる国になれるのか?」

この名古屋さんからの問いに、喜んで、現代アートをより良い方向へと進化させる為に、命令法(imperative mood)を用いて、ディスコース、議論をさせて頂きます。

外国人で、日本語も一切できず、23歳で初めて来日した私は、名古屋さんと読者に次のようなメッセージを送りたいと思います。

最終的に、名古屋さんには大切な課題を差し上げます。つまり、美術ジャーナリストの資格によって、インベスティゲーション・ジャーナリズムの力を発揮して頂きたいのです。

新たなアート・プラクティスに取り組むことは、自分の可能性を広げる挑戦の連続を強調します。敬愛する日本の観客と感性の冒険をしたい。
様々な使命の中、まず、私が目指すのは、日本のアーティストとして認められることです。日本のアーティスト仲間と等しく、アート関係の賞と取ること、つまり、無差別的な扱いになることです。日本の文学、音楽やスポーツの世界では当たり前なことが、日本の現代アート界にはまだ有り得ない現状です。

日本の中でも東京はアートラバーに適した街です。私は、東京に住むアーティストとして、日常生活と作品を通じ、オーディエンスとやり取りするスタンスを基本としています。その日常生活で起きた運命的な市民運動の国会議事堂前のデモでは、時間の経過とともに特別な時代背景を感じることができます。アトリエに引きこもって作品を完成させるだけではなく、仲間たちとお互いの個展現場で応援しあうこと、書籍、雑誌、ブログ、フェイスブック、ツイッターなどのメディアを通じて、現代アートを語り、方向性やズレを日本語や外国語で指摘し、コミュニケーションを生み出すことも重視しています。

(私の活動を一部振り返りますと)
1990年には、世界で初めて、34人の現代日本純文学の小説家たちを海外に紹介し、1992年から、毎土曜日の朝日新聞文化面「その時」というコーナーで、様々なアーティストの、活動の違和感を指摘しました。学芸部記者田中三蔵氏と組み、朝日新聞の文化面が一気に変わるきっかけになりました。そこでは、美術団体または個人的に活動するアーティストたちの代表者を推薦しながら、日本のガラパゴス・アート界のアノマリーを批判的に取り上げています。

舟越 桂:朝日新聞、1992年8月1日
福田美蘭:朝日新聞、1992年8月22日
猪熊弦一郎:朝日新聞、1992年9月19日
佐藤忠良:朝日新聞、1992年10月24日
丸木 位里・俊:朝日新聞、1992年11月7日
日比野克彦:朝日新聞、1992年11月14日
草間彌生:朝日新聞、1993年3月13日
森村泰昌:朝日新聞、1993年3月27日
加山又造:朝日新聞、1993年4月17日
荒木経惟:朝日新聞、1993年4月24日

2000年出版の、「カメラの前のモノローグ 埴谷雄高・猪熊弦一郎・武満徹」 (集英社新書)では、猪熊弦一郎氏による、日本のアート業界について、厳しく開放的な発言を得られました。
2001年、ミヅマアートギャラリーオーナーの三潴末雄氏と、評論家の市原研太郎氏と共に「日本の現代美術アーティスト達を解放せよ!」の「宣伝書・第一草案」の講演会をし、それを2004年に「マリオ・A 日本美術家」の画集で発表しました。
そして、2013年、ARTiT公式ブロガーとして書いた「我が国にっぽんの恥「日展」」は、今もロングセラーとなっています。(2)
国会で「日展問題」を取り上げている、民進党の緒方林太郎衆議院議員が、今年のアートフェア東京2016の私のブースに、わざわざおいでになりご声援頂いたことは、大変驚き励みになりました。

そして先月、個展のフィニサージュで行ったパーフォマンスをきっかけに、次のステートメントを発表しました:「書家 亜 真里男:日本と放射能とアイデンティティー論」(3)

「日本という国、日本人とのアイデンティティー。日本人とは何ですか。
日本生まれでなければ、日本人になれないのか。
父が日本人でなければ、日本人になれないのか。
日本語の名前でなければ、日本人になれないのか。
他の国籍を捨てなければ、日本人になれないのか。

1982年に来日して、応募しても、圧力をかけても、一度も国内のアート関係の賞をとったことはありません。
それがもし、日本人でないという理由だったら…。

日本芸術院員に推薦される条件や、「日本国天皇」に関係する文化勲章は、そもそも、日本人でないと可能性はありません。

ところが、私の夢は、日本芸術院員になることです。さらに我が国の文化勲章を目標にしています。

目下、新たな事実が明らかになっています。下らない作品を描いている村上裕二氏(52歳)が、2012年の文部科学大臣賞に続き、先月「再興第101回院展」(9月1日~16日)で、内閣総理大臣賞を受賞しました。氏の進み具合を見ると、10年後、日本芸術院員になり、25年後、文化勲章を取ることも考えられます。

忘れてならないのは、賞を決める推薦者は人間です。日本芸術院員を薦めるのも人間です。判定基準を決めるものも人間です。新橋・銀座のホステス・クラブ内で、選考の具体的な思考を行っているのも人間です。

思い起こせば、東京青山、2001年8月の頃、市原研太郎評論家とミヅマアートギャラリーオーナーの三潴末雄氏と共に「日本の現代美術アーティスト達を解放せよ!」という宣言書を発表し、「日本人になる」ため、洋服を脱ぎ、和服に着替えた象徴行為から始まり、今月1日にはついに「日本書家」の実践をしました。なぜかというと、「Cool Japan」や他の作品に描かれた漢字が、私の文字ではないという声を耳にしたからです。

日本では小学校から教わる書道ですが、「中国筆」を正しく動かし、「炉心溶融」と書くのは、意外と苦労がございます。確かに、「書」はただ自由に書けばいいというものではありません。

もちろん、「日本のアーティストになる」ために、このような姿勢を見せる事が、必要か必要ではないか、わかりません。
しかし、文部科学大臣賞、内閣総理大臣賞、文化勲章、日本芸術院の関係各者が気にすることの、つまり「亜 真里男は日本人なのか」「彼は日本的文化のアイデンティティーを持つのか」といった、一定の評価基準を満たすためなのかもしれません。さらには、「日本人とのアイデンティティー」の文脈から分析心理学を傾注しなければならないかもしれません。
また一方で、民間伝承から宗教(神道~伊勢神宮~天皇陛下)までの談話分析を意識しつつ、現在の天皇皇后両陛下への国民感情を考えざるをえないのです。

これからは、「Beatles Go Home」のような「オッサン政治家」や「昭和女」ではなく、二か国語で表現でき、海外で暮らした事がある、国際的な認識を持つ日本人の座談会を聞きたいですし、それらの文章を読みたいです。まだほとんどの新聞記者、コラムニストたちが、外国生活を経験していないのは残念な実情です。

「日本は日本」「他の国の例はどうでも良い」という意見をよく耳にします。その反面、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマの放射能問題について語り始めると、日米関係が取り上げられます。海外との関係、国際貿易関係は「どうでも良くない」という結果になります。
「日本は日本」。
「ドイツの脱原発行動はどうでもいい。」
「日本は、選挙の結果で再稼動の道を選んだのですから。」、、、。

「脱日展時代、一体いつ来るのでしょうか?身を以て範を垂れる為、「クールジャパン」という新作品群を始めました。と言っても私は書家になる意思は毛頭ありませんが、日本の書の足りない表現を巡る撞着語法として、感受性を示すつもりです。… 油絵用の画布に墨ではなく、「油で書」いています。… 単なる我が国の現象にとらわれず、私の書を通して生まれる対義語は、読む側の潜在意識、あなたの精神の本質を見極めるものでもあります。つまり、play the cool。Or not。」という文書を、2013年に発表しました。

贈収賄事件に発展した日展 (参考:「我が国にっぽんの恥「日展」」) の、文化勲章受章者でいらっしゃる書家高木聖鶴氏や、日本の書壇を意識しながら、東京の青山目黒ギャラリーで、今回の書道を実践させていただきました。この関係で、次の文章をご覧ください:
「ある書道関係者が声を潜めていう。
「我々にとっては、今回のニュースは“何を今さら”という話。この業界では当たり前のように“日展の入選を1回とるのに100万円かかり、さらに上の特選をとるには、1回1000万円、2回なら2000万~3000万円かかる”といわれているほどですからね。賞を取るには有力会派に所属するのが大前提だし、会派のお偉いさんや審査員に付け届けをするのも当然のこと。もちろん書の実力は必要ですが、それ以外の要素も大きく左右するんです」」

日本の書とは何なのか。
汚職する日展書家たち。脱原発の作品が日展には観えません。
日本の書壇の道は正しいのか?
現在の社会を巡って、高給取りの、厳しい書の師範は必要なのか?
外国の詩を書で書くのは、日本のアイデンティティー論なのか?
我が国の明るい未来に向けて、書家たちは、相応しい態度を見せているのだろうか?!

東京、2016年10月13日
亜 真里男」

現在開催中の日本美術団体のトップという日展の宣伝によると、次のステートメントが発表されています:

第3回日展 内閣総理大臣賞・文部科学大臣賞が決定。
…常に日本の美術界をリードし続ける長い歴史と伝統ある公募展だ。

英語では:
NITTEN
THE JAPAN FINE ARTS EXHIBITION
More Than Two Thousands Masterpieces by Leading Artists and New Talents

日本の歴史的なアート業界や文化庁、新たに東京都から後援されている日展。
2016年は、内閣総理大臣賞×3、文部科学大臣賞×2、東京都知事賞×5点の日展。これは、海外のアーティスト、アート専門家の視点で見ると、理由が不明で、腹立たしいものです。

こうした一向に変化や革命が起きない日本の現状と、一般の方や、若者の教育に非常に強い影響を与え、活動し続ける様々な美術団体。

以前日展を拝見した際、「ドイツで個展がしたい。海外で活躍したい。どうしたら実現できるのか。」と真面目に夢見る年配の先生に出会ったことがあります。そもそもの自分の所属する団体の問題に気がついていない、これも日本のアート界の現状です。

そもそも年功序列と言われるなか、48歳の若さで他の大先生を尻目に、下らない作品を描いている村上裕二先生が、文部科学大臣賞を受賞したことに対して、明確な理由が挙げられていません。こういうことが日常茶飯事の日本アート界は、何度改組/再興されようが、何も変わらないのだと思います。

また、日本のコレクターの大半は、日本美術団体の作品を買っています。この援助ともなるお金は、自由に活動する現代アーティストにも、海外から来ているアーティストにも流れてきません。

このままの状態では、世界中の美術家から、活動の場として日本を選択することは拒否されるでしょう。

というわけで、このアノマリーの現代日本文化を細かく証明するために、名古屋さんに大きなお願いがあります。
美術ジャーナリストの職業として、調査報道 (investigative journalism)で、次のケーススタディーについて調べて頂きたいのです。

日本美術院同人でいらっしゃる村上裕二先生 (52歳) が、2012年の文部科学大臣賞に続き、先々月「再興第101回院展」(9月1日~16日)で、内閣総理大臣賞を受賞しました。(4)
次の二つの問題点を納得できるように、解かりやすく、公式的な記事・説明をお願いします:
1) 2012年、村上裕二先生が文部科学大臣賞になった時の、推薦方法を巡って、賞への進行(プロセス)担当者、責任者、場所、月日、評価基準 (クライテリア)。
2) 2016年、村上裕二先生が内閣総理大臣賞になった時の、推薦方法を巡って、賞への進行(プロセス)担当者、責任者、場所、月日、評価基準 (クライテリア)。

http://www.cao.go.jp/others/jinji/kokumineiyosho/index.html

今年の日展から東京都知事賞が初めて、日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の各分野に与えられました。もし、名古屋さんの余裕があったら、東京都知事賞の推薦方法を巡って、賞への進行(プロセス)担当者、責任者、場所、月日、評価基準 (クライテリア)の説明もして頂けたら、助かります。

名古屋さんへ、この仕事を依頼する理由は、美術ジャーナリストとして素晴らしいポテンシャル、能力をお持ちであり、将来に向け日本美術史の記録記事になると信じているからです。

ご存知のように、私は毎年、応援や自分の喜びのため、日本の現代アート作品を収集しています。公式発表として、来年の購入予算の中から、名古屋さんへの仕事分の為に、10万~30万円を用意しておきます。発表媒体は、月刊ギャラリー、又は、私の公式ブログ上を希望致します。どうぞよろしくお願い申し上げます。

東京、2016年11月28日
亜 真里男

補遺
(1)
月刊ギャラリー 2016 Vol.9
名古屋覚の管見ギャラリー
http://g-station.shop-pro.jp/?pid=106735867

(2)
我が国にっぽんの恥「日展」(1/4) (2013年11月21日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/PFj0D7ZHo6iYGyQe1nNv/

(3)
書家 亜 真里男:日本と放射能とアイデンティティー論(2016年10月13日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/x6kzsXUQuJipjMolHfFm/

(4)
内閣総理大臣賞受賞の村上裕二氏におめでとうございます (2016年9月12日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/9QmoaJgx6lhbziReNG2K/

日本現代美術界を巡る村上隆と村上裕二兄弟 1/4 (2015年11月2日)
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/6p2UkBKatRZjGcDfhVri/
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ARTiTへのリンク:
批評家名古屋覚:亜 真里男「日本で最も優れた油彩を制作する画家の一人、いや唯一の一人」
http://www.art-it.asia/u/sfztpm/sjrQ6Vw7NI3KkPEhctUq/