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マリオ・A 愛しの球体関節人間
 

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私の日本人形-そう題された一連の写真に登場するのは、ただ1体の人形だけ。より正確にいえば、人形を演じるひとりの日本人女性だけ。人形といってもさまざまだけれど、この女性が扮しているのは、関節が動く”球体関節人形”。つまりハンス・ベルメールヘのオマージュなのだ。自作の球体関節人形を被写体に超現実的で凄惨なエロスをたたえる写真を撮影したベルメール。そんな彼の遺産を継承することが、写真集『ma poupee japonaise』の目論見だと、ドイツ人芸術家、マリオ・A(1959年生れ)は語る。プランが現実のものになったのは、原サチコとの出会い。女性だけの劇団「ロマンチカ」の芝居をずっと観ていたマリオ・Aは、舞台に立つ原サチコに白羽の矢を立てた。彼女もまた、マリオの意図を理解、最初のリハーサルに陰毛を剃って臨み、心身ともに人形になりきる覚悟をみせた。人形は、まるで誂えたようにスーツケースにおさまって登場する。原サチコは、生身の肉体の重みを感じさせないほど人形になりきって、その華著な肢体は、スーツケースごと軽々と持ち運べそうだ。そのまま、いっしょにどこか遠くへ旅することだってできる。

実際、撮影は、東京・ベルリン・野沢温泉の3カ所を移動しておこなわれた。だからこの写真は、人と人形のあいだにむすばれた共犯めいた関係を、旅のなかで描く、一種のロードムービーだということもできるだろう。だとすれば、旅の結末はどうなるのか?用意されているのは、ちょっと暗示的な写真である。まるで死体のように、水のなかに浮かぶ人形。誰かに愛された人形が迎える、それが必然的な最後、とでもいうように。[上]スーツケースの中にすっぽりおさまる人形。この両腕が妙にリアルなのは、原サチコの身体から型取りされてつくられたものだからか。[右ページ]ハン・ベルメールへの、この赤裸々なオマージュは、カメラの前で文字どおり人形になりきった女優、原サチコの存在なしにはありえなかった。

© 芸術新潮 2001年9月、[page98-99]